何よりも国民にわかりやすい、「生きる」「食べる」「暮らす」の向上が大切
――。
バリアフリー住宅、公害対策、そして生命工学(バイオテクノロジー)産業の推進。
経済産業省時代、浜田が多様な分野の仕事を成し遂げる中で、
培い、鍛え上げてきた政策の柱、といえよう。
「庶民、生活者、そして弱い人たちの味方でありたい」
大いなる飛躍を目指す浜田の胸には、そうした願いが、強く確かに脈打っている。 |
| ◎
ポジティブ・バイオの人 |
――――― 生物化学産業課長 |
2002.7 |
21世紀は生命工学(バイオテクノロジー)の世紀―。
2000年のヒトゲノム解読を受け、世界はバイオの基本特許獲得競争に入った。米国、欧州が国家戦略を策定、資源の重点投入を図る中、日本でも、省庁の縦割りを廃し、早期産業化に向けた国家戦略立案が渇望されていた。
当時、内閣参事官を併任していた浜田は、小泉総理を含め関係8大臣と12名の有識者からなるバイオテクノロジー戦略会議の運営に尽力。8月から12月の間に5回、また、その下の起草委員会を11回開催し、日本で初めて、バイオの国家戦略の策定にこぎつけた。日本の戦略の中身は、一言で言うと、ITや分析機器分野の強みを活かし、バイオ分析・検査機器やバイオ情報分野を日本のバイオ産業のマザーインダストリー(土台で支える産業)とし、将来の医療・診断サービス産業に育成していくというもの。
浜田は最後まで、数値目標の設定や規制緩和に後ろ向きな他省をリード、精力的に200項目の具体的行動計画を取りまとめていった。 |
|
|