2004.08.30(月)
地方分権・三位一体改革に思う
―知事や市長の意見は住民を代表しているか―

 8月19日に全国知事会(会長:梶山岐阜県知事)等地方6団体がとりまとめた「国庫補助負担金等に関する改革案」が、今後の地方分権議論の進め方に波紋を広げています。
 この「改革案」は、本年6月4日に閣議決定した「骨太方針2004」で「(税源移譲の)前提として地方公共団体に対して、国庫補助負担金改革の具体案を取りまとめることを要請し、これを踏まえて検討する」と「玉を投げられた」ことに応えたものです。つまり、国は税源を地方に移す代わりにその額に対応した地方への補助金削減のメニューを地方自身に選択させたのです。
 特に、地方6団体がとりまとめた補助金改革案よれば、義務教育費国庫負担金(小中学校職員の給与等。第一期2006年度までは中学校分の0.8兆、第二期09年度までには小学校も合わせた2.5兆円が廃止。)が含まれていたことに、教職員組合や校長会、さらには文部科学省が大反発をしたのです(知事会内でも13知事が反対等の意見を付しています)。
 「義務教育に地域格差が生じかねない」というのが反対の大きな論拠です。文科省によれば、税源移譲(所得税から住民税)がなされても税収の地域差があるため、多くの自治体で今の教育水準を下回りかねないとの事。但し、おかしなことは最も「水準が下がる」高知県知事は賛成していることです。
 改革案の中身を見ても、義務教育費のような今後地方に委譲されても負担が増えない「子ども関係の補助金」が分権され、負担が増大する「高齢者関連の補助金」があまり分権されていないのも腑に落ちません。例えば、生活保護費負担金(1.7兆円)や介護給付費負担金(1兆円)等は「国による統一的な措置が望まれるもの、制度全般の中で検討すべきもの」として第二期にも含まれていませんが、住民に最も身近な地方自治体でこそ、「痒いところに手が届く」効果的な実施が出来るとも言えるのではないでしょうか。
 確かに、知事や市長は「地方住民の代表」という「形式性」はあることから、「骨太2004」でも改革案取りまとめの要請をしたわけです。しかし、その改革案が、地域住民の意見を「実質的」に踏まえているのか、それとも、税源欲しさに補助金削減の「数字合わせ」をしただけなのかが問われているのです。
 私は経済産業省で競争的研究資金の審査を担当した際、「形式性の誤謬」を経験しました。数多い委員による形式審査よりも、少人数委員の独断の方が実質的審査になる場合もありました。
 民主主義・多数決はこのような「形式主義の誤謬」がつきものですが、地方分権・三位一体改革は、我が国の次の50年を決める大事業です。単なる「数字合わせ」ではありません。また、5/29の視点でも指摘したように、「地方分権」イコール「良いこと」という単純な考え方も通用しません。あくまで、住民の意見を踏まえ、住民のためになる改革へ、浜田まさよし、「本音の政治」に取り組みます。