07年10月から09年12月迄の約2年で、「核廃絶」について12回の国会質問(この期間国会議員で最多)、これらを受け「核のない世界」に向けての試論を発表(09年7月)

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これらの質疑を基に、09年5月3日に、「先制不使用を中間目標とした核廃絶に向けての日本のイニシアチブ(試論)―「核のない世界」を展望した日米安全保障・日中・日朝韓関係の再定義―」としてまとめ、発表させて頂きました。

その内容を要約すれば、
(1)核廃絶という長期目標を確実に実現するために、我が世代が少なくとも達成すべき中間目標として、「先制不使用の条約化」を設定し、
(2)当該中間目標までの政治的意思重視の大胆な核軍縮と中間目標以降の検証重視の慎重な核廃絶を提言しました。また、その主張に説得性を持たせるために、
(3)「先制不使用」と矛盾しない日米安全保障条約の再定義、
(4)朝鮮半島非核化を達成するための「北東アジア非核地帯構想」、
(5)核廃絶・核不拡散・平和利用におけるわが国の積極的国際貢献の必要性、
(6)多面的観点からの核廃絶検討の必要性など、です。

また、本発表に対し、当該試論をまとめるきっかけを頂いたローレンス・ラオ香港中文大学学長や、浜田が外務大臣政務官在任時に国連人権理事会議長であったデ・アルバ在ジュネーブ・メキシコ大使から、激励のお手紙を頂きました。また、秋葉忠利広島市長及び田上富久長崎市長から丁重なお手紙と「ヒロシマ・ナガサキ議定書」への取り組みについてご紹介頂きました。
そして、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」支援NGOとの意見交換を通じて、世界のノーベル平和賞受賞者17名による「ヒロシマ・ナガサキ宣言」という世界市民への連帯に向けての運動についても理解を深めました。これらに刺激を受けて、「ヒロシマ・ナガサキプロセス」の提案者である児玉克哉三重大学教授に試論をお送りし、「非核兵器国がリードする核軍縮」という発想に賛同を頂くとともに、改めて党の外交部会にお招きし、「ヒロシマ・ナガサキプロセス」の目指すものについてお話を伺いました。

これらの皆様の貴重なご意見・激励を受け、決意新たに7月2日の参議院・外交防衛委員会において、「新たなヒロシマ・ナガサキ・プロセス」について、中曽根外務大臣との質疑に臨み、新たな運動への一歩を記すこととなりました。これらの経緯、「新たなヒロシマ・ナガサキ・プロセス」の特色、当面のアクションとして考えられることなどをまとめ、7月3日に「「核のない世界」に向けた「ヒロシマ・ナガサキ・プロセス」へ―ヒロシマ・ナガサキ議定書、ヒロシマ・ナガサキ宣言、ヒロシマ・ナガサキプロセスとともに―」を発表しました!!ともに、本文は和文・英文ともホームページに掲載していますので、一読いただければ幸いです。

一方、鳩山政権発足後の臨時国会(09年10月~)においては、鳩山内閣の口先だけの核廃絶姿勢を糾しました。核の「先制不使用」や非核兵器国に対して核兵器を使用しないという「消極的安全保障」について、岡田外務大臣は09年7月の「世界」において前向きな発言をしておきながら、いざ政権を取ると旧態依然。詳しくはホームページ、国会動画を御覧下さい


外交防衛委員会で核廃絶について質問をする浜田(2007/10/25)

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