ハマダレポート Vol.583.ー「人間の復興」まで闘い続けるー

ハマダレポート Vol.583. 2021.3.15

ー「人間の復興」まで闘い続けるー

3.11東日本大震災から、10年を迎えました。

3月7日、「次の10年」への誓いを新たにするため、福島で公明党・復興創生大会を開催し、私もオンラインで参加させて頂きました。

避難指示区域のうち、帰還困難区域以外が全て解除され、常磐自動車道の開通やJR常磐線の全面再開、生業支援、営農再開など、約5年間、担当の復興副大臣として、地元の皆様と進めてきた福島の復興。

公明新聞紙上で、多くの方の寄稿を頂き、当時の私の取組を紹介頂きました。

飯館村で、震災直後から長年陣頭指揮をとられてきた、菅野典雄・前村長からの寄稿(3月10日付3面)。

「復興関係の会合で同席した浜田昌良復興副大臣は、本音で真面目に切々と話すのが印象的だった。その姿勢に、いつもうるさく追及している参加者が言葉を飲み込んでいた。」

政権交代後、財源や政策の枠組みについて、当時の内堀副知事や被災12市町村長等からの要望をお聞きする会合でした。

前民主党政権で、「遅い、鈍い、心がない」と言われた復興施策。それを変えるためには、現状の制度でできる施策のどこを変えなければいけないかを、一つ一つ特定していく作業から始めました。

地元の皆様の要望の全ては満たせなくとも、何とかしたいとの思いから、そのお声をひたすら手帳にメモし、関係省庁と検討した結果をご報告する往復作業を繰り返しました。

9年半にわたり復興に取り組んだ、岡本全勝・元復興庁事務次官からの寄稿(3月11日付け3面)。

「浜田氏は、全国に避難した人々との対話集会で政府の責任者として出席していた。原発事故で故郷を離れ、つらい思いをしている避難者の声を真正面から受け止めてくれた。いずれも、被災者の政府に対する不信感がまだ根強かった時から現場に入り、丁寧に被災者の事情を聞いてくれた。だから本物の信頼関係が生まれた。」

福島市や郡山市など、避難指示12市町村以外からの福島県外への避難者は、「自主避難者」と呼ばれ、支援策は限定的なものでした。

近隣県のみならず、北海道から沖縄まで、「自主避難者」の皆様との対話集会を、NPOの皆様のお力をお借りして開催し、母子避難者等の高速道路無料化や、就学支援の拡大、住宅補助、故郷への旅費支援など、ご要望の一部ではありますが、一つ一つをカタチにして参りました。

未だ、県外を中心に約4万人が避難されている現状に対し、「人間の復興」まで闘い続ける。浜田まさよし、決意新たに進んで参ります!

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